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気高き女剣士
2009-01-09 Fri 20:55
「モニカ様は無事ミカエル様の元にお着きになられただろうか?」

投獄された身でありながらも、カタリナはモニカの身を案じていた。

(私にできることは全てやったはず、あとは反撃の時を待つのみ。)


しかし、カタリナがいくら胆の据わった女性といえども簡単に不安から逃れることはできない。
カタリナは不安に駆られる胸の内を落ち着かせようと、自分の取った行動に落ち度がなかったか、思いだすことにした。

「さて、まずはモニカ様の替え玉を用意しなくては。」


モニカがロアーヌ城を発ってすぐにカタリナは行動を始めた。
敵はいつ動き始めでもおかしくない状況であったし、少しでも時間を稼ぎたかったからだ。
なにしろ、モニカ様は私に剣術の稽古を受けていたとはいっても、実戦経験がない。
追手に追い付かれでもすれば、たちどころに捕らえられてしまうことは容易に想像できた。

「これを着て、このベッドに寝なさい。」


モニカ様に背格好が似た侍女を連れてきて、そう命じた。カタリナがものすごい剣幕で迫ったものだから、侍女は明らかに動揺していた。その時の侍女の顔を思い出すと、不謹慎なことながらカタリナは少々笑えた。

「そ、そんな!これはモニカ様のお寝間着にベッド。そんな大それたことを…」


カタリナの剣幕もさることながら、侍女はその命令を聞き、ついには絶句してしまった。
彼女の言葉からはモニカに対して畏れ多いと感じたことは間違いないが、同時にその表情には
たくさんの「はてなマーク」が浮かんでいたのが思い出される。

(詳しい事情を話さずに突然あんな命令をしたんだもの…当然か。)


カタリナは納得すると、物語を先に進めた。

「いいから、早くしなさい!声を出さないようにね。」

いくら一刻を争う事態だとはいえ、あまりに慌てていた自分が可笑しく思えた。
そしてあの侍女に、随分と理不尽な要求をしてしまったなと後悔した。

(この事件が終わったら、あの侍女には十分な恩賞を与えよう。)


随分バタバタとしてみっともない立ち振る舞いではあったが、とにかく、モニカ様の替え玉を作り上げることはできたはず。

「捕まったら身の回りの物を奪われてしまうわ。今のうちに隠しておいた方がいいわね。」

「ここならいろいろ隠せそうね。」


ちょうど近くにあったクローゼットの奥に、剣や鎧を押し込んだ。
これでこの部屋でできることはもうなさそうね――ふーっと息を吐いて肩の力を抜いた。

(さて、次は牢からの脱出経路の確保か…ミカエル様がお戻りになられた時、牢に捕らえられているなんて、無様なのはゴメンだわ。)

敵にこちらの動きを探られる危険もあったが、城内の詳しい状況を知らなければならないのも事実。カタリナは意を決し、扉から部屋の外へ出た。

部屋から廊下に出ると、階段のある方から大臣がやって来るのが見えた。
むこうも私が目に入ったのだろう、大臣の顔は急に笑顔に変わった。

(好々爺を演じやがって、このタヌキジジイめ!)

心の中はそんな感情で溢れていたが、何事も決して悟られぬよう、あくまで平静を装った。

(今考えると、私も十分タヌキだった。)

「これは大臣殿、何か御用でしょうか?」


いくら大臣という身分であるとはいえ、こんな夜分に婦女子の部屋を訪れ、謁見することはまかり通らない。カタリナはあしらうように冷たく要件を伺った。

「モニカ様はどうしておられるかな?」

「今日はお疲れの御様子。たった今お休みになられました。」


カタリナの態度など意にも解さず、モニカの身を案じるようにして探りを入れてくる。
それに対しカタリナは作り上げた嘘を綺麗に並べてみせた。

「そうか、そうか。明日までゆっくりお休みになるのがよろしかろう。」


そう言い残すと、大臣は踵を返し、足早にカタリナのもとを離れていった。きっと首謀者のゴドウィン男爵に助言を求めに行くのだろう。カタリナは残された時間が後僅かしかないことを悟り、大臣の姿が見えなくなったことを確認すると城の地下へと足を向けた。

「ご苦労様です。」


地下牢にいた若い兵士はカタリナを見るなり、緊張の面持ちで敬礼した。
緊張が先走ってくれたおかげで、なぜこんな時間にこんなところにいる?――というごく当たり前の疑問は彼の中には生じなかったようだ。
ありがたいことなんだが…自国の兵士のことだけに喜んでばかりもいられない。
牢番の兵士からの視線がちょうど死角になるタイミングを見計らって、牢屋の鍵を手に入れた。兵士はソワソワして浮足立っているもんだから、全く気付いた様子はない。
次にカタリナは独房を一つ一つ見て回った。三つある独房のうち二つには先客がいた。

「ここは空いているね。捕まったらここに入れられるわ。中に鍵を隠しておこう。」


カタリナは鍵を独房の頑丈な扉の下の隙間から中に滑りこませると、一息ついた。

「後は、いつ連中が動き出すかね。」

カタリナはそう呟くと、部屋に戻って成り行きを待つことにした。

バタン――乱暴にドアを閉める音がその時の訪れを知らせる。ついにやつらが動き出したのだ。その音に続いて、兵士三人と大臣が部屋の中になだれ込んでくる。

「何ですか、お前達は!」


何事かはとっくの昔に知っていたけど、相手の出方を探るために敢えて一喝してみせた。

「大人しくしてもらおう、カタリナ。モニカ様は、我々が預からせてもらう。」


すぐさま命までをも取ろう――大臣や兵士の顔からはそういう鬼気迫る感じは全く感じられなかった。その様子にカタリナは少々拍子抜けしてしまった。
大臣たちのこの謀反に懸ける士気は知れたもの。カタリナの心は楽になった。

(好きにやらせてもらうよ。)


「無礼ですよ、大臣。このようなことがミカエル様に知れれば、ただでは済まされませんよ。」


さて、すべてを洗いざらい話していただこうかしら。大臣殿。
カタリナはそういうつもりで挑発を仕掛けた。

「ミカエル様?今日からはゴドウィン様がこの城の主だ。お前もゴドウィン様に逆らうと、命がないぞ。」

「そういうこと…それにしても、このカタリナを随分見くびってくれたわね。たった四人で私をどうにか出来るつもりなの?覚悟しなさい!」


カタリナ気迫に押され、大臣たちはじりじりと後ずさりを始めた。
それもそのはず、カタリナはその美貌からは想像できないほど剣術に長けていた。
レイピアやカットラスといった小剣の類ではミカエルの腕には及ばないが、
剣や大剣を使わせれば、男女問わず彼女の右に出る者はこのロアーヌにはいなかった。
ロアーヌ一の剣士、その称号の証としてカタリナはミカエルからロアーヌ国の宝剣であり、
聖王遺物が一つ聖剣マスカレイドを授けられている。
並の者ならば、その鋭い眼光をまともに受けただけで震えあがってしまうほどだった。

「モ、モニカ様がどうなってもいいのか?カタリナ!」


「くっ。モニカ様には指一本触れないと誓うなら、大人しくするわ。」


このぐらいで十分ね―――実際に良い引き際であったと思う。
先ほど脅しをかけた以上、相手が開き直り、向ってくれば斬らねばならなかった。
才色兼備―――カタリナはまさにその言葉がぴったりだと言える。カタリナは剣術、馬術、頭脳、美貌や所作、そしてダンスの腕前に至るまで全てが一流だった。
唯一の弱点、それは…

「わかった、わかった。この部屋を見張るだけでよかろう。どうせ、逃げ道はない。」


もはや主導権は完全に逆転していた。大臣は命拾いしたと言わんばかりに、モニカの無事をカタリナに確約した。カタリナの狙いは最初から時間稼ぎと本物のモニカの行方を隠し切ること。大臣はカタリナの術中にまんまとはまったのだった。

「おい!カタリナの武器を取り上げろ。」


大臣が兵士の一人にそう告げると、カタリナは手にした長剣を鞘に納め両手を挙げた。
使い古されたボロボロの長剣…これもカタリナの計画通り。兵士の一人が近づき、カタリナを入念にボディーチェックしていく。ここで初めてカタリナにとって想定外のことが起きる。

〜ムニュッ〜


どさくさに紛れて兵士がカタリナの胸を弄んだのだ。

「どこ触ってるの!」


カタリナに思い切り肘鉄を食らわされた兵士はその場に蹲った。
カタリナはフンと鼻を鳴らし、大臣を睨みつけた。

「オホン…牢へ連れて行け!」


約一か所予定外なところがあったが、大方こちらの予想通り進んでくれたわね。
何度思い返して見ても、特に落ち度は見当たらなかった。
カタリナは大役を演じきった女優のように、その顔に薄っすらと笑みを浮かべると
牢屋の奥側の壁にもたれかかった。

「さてと、いつでも出られるわね。まずはミカエル様がお戻りになるのを待ちましょう。」


カタリナは手の中で鈍く光る鍵を見つめて、そう呟いた。
そう、嵐の夜はまだ始まったばかりなのだ。


――剣と盾――


私は戦士として
右手に剣を握り
あなたを襲う敵を
斬り倒しましょう

私は戦士として
左手に楯を持ち
あなたに迫る刃を
退けましょう

私は女として…
あなたのために
生きれますか?

私は女として…
あなたのために
生きていきたい。

カタリナ=ラウラン 24歳 ロアーヌ貴族
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